2007年09月

毎朝、豆を惹き、コーヒーを入れ、バウムクーヘンを食べている。
友達の結婚式の引き出物だ。
ひとりで少しずつ食べているので、今日で5日目程になるだろうか?
木の切り株をイメージして作られたご存知のそれが、引き出物によく使われるのは、その断面の樹木の年輪のように、
結婚生活がずーっと続くようにってなことなのであろう。
私はスイーツがあまり得意ではないが、バウムクーヘンは結構好きである。
色 形 名前 もちろん味もね、その存在自体がなんか好きである。
ドーナツなんかより、くるくる廻る、よっぽどレコードみたいな奴である。

先週は、久しぶりに、前ちゃんとコーヘイちゃんと3人。
高円寺のABスタジオに入った。
喫茶店で、数時間話した後、ぶっつけ本番生セッションを一時間。
アルバムだぜ!
一時間というのが、良かった。
あっという間で、やりたりない感も残しつつ、緊張感を保ち、その瞬間のアイデアが花を咲いた。
ボクらの年輪も、11本目ということになるわけ。
ちなみに、年輪とは、寒さと熱さによる成長速度の周期的な違いから出来るらしく、つまりは
寒い冬のない熱帯雨林の木には、年輪が存在しないらしい。
年輪が出来るのに、充分な冬やら夏は、もうそこそこ経験済みのはずである。
ボクらのバウムクーヘンを、またひとつ、くるくると巻いては焼いてゆくのだ。
パンツのゴムのように、日々伸び縮みする時間の中で、巨大なバームクーヘンを、
11本ごと大回転させてやるのだ、なんて思いながら、ひとりで完食!していしまいました。

今日は、先日のセッションを元に、歌詩作りの続きを。
夕方の銭湯を息抜きに、今日中に、がっつり取り組む予定です。
3連休がなんだコノヤロー。
明日から連勤だぜ。

風邪で寝込んでいる間に、米やら、ティッシュやらを切らせてしまい、買い物を頼む。
友達が買ってきてくれたのが、無洗米。
近所のスーパーにはそれしか、売っていなかったらしい。
初めてみる無洗米。
米と水の分量をあわせるも、思わず洗ってしまう。
なんだかなー

毎日の天気が気になるのは、いつだって洗濯をしたいから。
太陽の匂いを吸い込んだ、タオルやTシャツをたたむのはもの凄く気持ちがよい。
そのために、私は綿素材の服を好む。
洗濯物を袋に詰めて、集配もしてくれる洗濯屋さんサービスがあるらしい。
価格の方も、街のクリーニング屋に比べても、激安。
きちんとたたんで、また袋に入れて、宅配してくれるらしい。
長期の出張なんかあった場合には便利なんだろうなーと思うが、わたしがそれを利用することは
おそらく今後の人生で、ないかと思われます。
なんだかなー

洗濯も炊事も掃除も、まぁ面倒だし、あまりに忙しいとなおさら、家事の時間のどこかを
節約したいわけであるが、どーもなーと思う。
そういった作業のひとつひとつを、はー忙しやーと言いながらもこなすことで、毎日の生活自体に愛情が持てる
のではないだろうか?

やだ、わたしって、家庭的???
いい女っぽいじゃん。

だのに なぜ?
私の部屋は、汚い。
フローリング的なものの上で生活しているので、掃除機こそこまめにかけるようにしているが、
近眼なのをいいことに、テレビもギターも埃まみれ。
読みかけの小説や、昨日聴いたCDや、寝る前に脱いだ靴下などなど、家の中はなんとも乱雑そのもの。
病気なのでは?と思われるほど、片付けものと呼ばれるタイプの作業が全く出来ない。
やり方がわからないのだ。
整理整頓が出来ていないので、探しものが見つからない。
見つからないので、慌てて探そうと、下からモノを引っ張り出しては、またぞら散らかってゆくばかり。
結局イライラしては、適当な箱を見つけては、どこへしまったらいいかわからないものを、全部突っ込んでしまう。
部屋のあちこちに、大小3個くらいはあります。
なんでもBOX

爪切り ホワイトボード用マジック ピン留め ボタン 旅行用使い切りのシャンプーリンス 一円玉数枚 安全ピン
ピアスのキャッチ コンタクトケース キャンドル 単行本の帯 ウォークマンのイヤホン かゆみ止め
輪ゴム 誰かの名刺 コースター 謎のネジ 鉛筆削り 充電器 



風邪も治ったので夜風に吹かれながらの夕食
普段は赤ちょうちん専門なわたしですが
たまには旅行気分の窓際2階席へ 

やっと熱も下がり、だんだんと日常が戻ってきた。
ただいま、正当派風邪末期症状中。
昨日までは自慢の喉が、なんじゃこれ?という程腫れていたため、鵜飼いの鵜のように首をクネクネして
唾やら、にゅーめんの汁やらを飲み込んでいたわけですが、今日から突然と症状が変わった。

先に言っておきますね!お食事中の方いらしたら、ごめんなさい。
朝から咳をするたびに、巨峰級の痰の固まりを、次々にコポコポと排出しているのである。
あーほんとに、アトムおじさんの痰壺(BYイッセイ尾形のネタ)=ご存知?が欲しい程なのです。

外は雨。
今日こそはやっと、久しぶりにギターでも弾いてみようか?
部屋干しの洗濯物のれんをくぐって、書きかけのうた詩も進んでいないなーと思う。


阿久悠さんが亡くなって、自分も、お別れ会に出席する、という夢をみた。
昭和の歌謡曲の歌詞って、なんであんなに暖かみがあって、肌触りが良くて、雰囲気があって、格好いいのだろう?
なんとも言えない味わいがあるんだよなー
と常々思っていたわたしですが、それは昭和の歌謡曲=阿久悠さんの世界のことを差していたのかもしれない。
そんな事を本人に伝えようと、会に出席するわけだが、本人が居ない。
死んでしまったのだから、当たり前で、しかも夢の話なんであるが、
私はずっと阿久悠さんを探していて、見つからない。


*「本当に不機嫌ですもんね皆。あの、条件が整って、生活の条件が整えば整うほど人間というのはどっか不機嫌になっていく不思議さですね。
で、歌が一番大事なのは、こんな不幸な目にあって悲しいっていうことではなくって、不幸のちょっと手前のね、
切ない部分がどう書けるかということが、僕は一番大切なことだと思ってるんですよ。」


>ははーん。そうですか。そうですね。
>不幸のちょっと前の切ない部分ねー



少し前の友達のブログにこんなのもあった。


あぁ僕は産湯を阿久悠で授かったのかもしれない。
そして物心つくまで松本隆に育てられたのだ、きっと。
阿久悠さんの追悼番組を見ていてそう感じた。
多分アーリー70's生まれの人はみんなそうだ。
そして自我の目覚めのころ、秋元康に幻滅するか
邁進するかの二手にわかれる。
幻滅した人は何かモノ作りになっているかもしれない。
どうでしょうかねぇ。


>そうでしょうねー。
>私もそうして、モノ作りになっている気がします。

ってなわけで、痰壷の海から。。。なんての書かないようにね!←自分。
ちょっとギターでも弾いてきますわ。


*ウィキペディア(Wikipedia)より抜粋

ここ最近、ポンポンとよく熱を出している。
酒量も減ったし、タバコ量も減ったし、ひとり暮らしにしては食生活も悪くはないはずなのだが、とにかくよく風邪を惹く。
気合いが足りないのか。気がたるんでいるのか。
結構やっかいな病気持ちなので、市販の薬があまり飲めないため、これまたやっかいなのである。
処方箋薬局の問診表で、納豆が嗜好品に入っているのをみて、びっくりした。

*嗜好品(しこうひん)とは、風味や味、摂取時の心身の高揚感などを楽しむため、
および向精神作用を体験するために飲食される食品・飲料や喫煙物のことである。ほとんどの場合、
心理的あるいは薬理学的な機序により習慣性を有し、物質嗜癖の対象となりうる。

こう書かれているとなるほどである。やはり私は真の嗜好品愛好者なようだ。


横浜の友達を訪ねてきた。
不妊治療中の友達と、4ヶ月の妊婦である友達と、ただのビール腹であるわたしの3人による会合。
珍しくノンアルコールの会で、シュークリームを食べた。(私はエクレア)
全くに下腹環境が逆であるふたりを引き合わすのも、どうなのかとも思ったが、真逆の悩みや不安を持つ知人と
話すのも、きっとそれぞれにとって悪くはないだろうと思う。私も含めて。

私もいつか、人生を彩る、大大好きな嗜好品を制約してまで、成し遂げるべきことが出来てしまったら、その時はきっと。
それはそれはきっと、何かなのだろうな、と。

帰り道、なんとなしに身体がだるく、喉も痛いなーなんて思いながら、帰宅後、体温計を挟んでみたら
38度5分だった。またやってしまったようである。
蒸し熱く、じとじとと小雨が振ったり止んだりする中、3日も風呂に入っていない。
布団をかぶって、大汗を掻いてびしょ濡れになり、着替えてはポカリスエットを飲んで、その繰り返しである。
着替えるのがあまりに面倒なので、もうパンツを履くのを止めた。
病院へ行って薬をもらい、さっきやっと、37度を切った。ので3日ぶりにパソコンを開けてみたのだ。

Pちゃんが一生懸命看病してくれたが、満足がいかない。
冷たいタオルをあててもらって、食事を準備してもらって、その時はその時で「ありがとう」と感謝するが、
後片付けの仕方が不満である!冷蔵庫の残りものを全部使って昼飯を作ってくれて、そのまま出かけられては、
夜食うものがないではないか!ようするに、ちょっとやってもらったら、もっとを期待するわけで、
こんなだから私は、結婚などせず、ひとりで居るべきなんだなーと、改めて思う。

37度を切って嬉しいことは、時々、CDを交換できることである。
昭和の受験生のようなコンポで、音楽鑑賞しているもので、CDチェンジャーなどはもちろんなくて、
いちいちに中身を取り替えるわけであるが、高熱には結構厳しい労働なのである。
ALAN HULLを聴いている。
こうゆう種類のドリーミーは大好きである。
もう今夜のミュージックはこれに決めて、パソコンも閉まって、またゆっくり眠ることにします。

画像は、元気な時のわたし。
肉感的で、いいですねー。
Photo by Tora

ガラス越しに小さな穴から、「シッコ!」
言ってやったわ。ひとこと、シッコ!って。

久しぶりに映画館に行った。
マイケルムーアの映画は、別に映画館へ観に行かないでもいいかなー?と、字幕がとにかく多いし、もっと映像のダイナミックスな
大音量で大画面で観たい映像は、他にもあるかな?と思うのだけど、やはり、毎作足を運んでしまう。
そして、泣いて笑った後に、あー行って良かったなーと思うえるのである。

アメリカの医療保険についての悲惨な現実。
それを通して考える、アメリカとはなんぞや?アメリカ人とは何者ぞや?
アメリカ社会を通して考える、社会主義って?資本主義って?
人類が一番幸せに暮らせる方法って何?
僕たちが不幸せを繰り返す矛盾っていったい??

林 レイナ。もうすぐ34歳、自称シンガー。自称じゃないよ!わたしはプロのシンガー。
いつだってそう思ってステージに立って、歌を歌っている。
音楽だけで食べて行けなくなってから、もう3年以上が経つ。
収入やら、生活やらを考えると、明らかに現在、経済的には底辺に近い方に居る自分。
犯罪を起こしたら、肩書きは無職となるわけで、失うものも無ければ、守るものもない状態であろう。
結婚をする、子供が出来る。
より良い生活をするということを、本気で考えるようになる。
保険のことももちろん、国や市や区の政策に興味を持つようになる。選挙に行くようになる。
自分は政治に関心がないわけではない。ニュースも欠かさず毎日目を通す。
ただ、社会について、日本について、
あーだこーだいいながらも、どこか自分はかやの外のようなところがあって、いろいろと、後廻しにしてるよなー、と思いました。

誰かひとりに向けた感情の中に全てがある!と唱えるわたし。
「行動を起こせよ!」とムーアに言われても、わたしはわたしの生き方をしよう!としか今は思えないですが。

気持ちがたくさん動いたからだろうか?
久しぶりに、自分以外の人を大声で、どなりつけてしまった。
テーブルなんかも叩きながら。
両唇のはじに泡もたまっていたかも知れない。
一日中黙っていたら、最初はそれだけでみんなに心配してもらったが、しまいには、ほうぼうからなんか怖い
!とだけ言われた。

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