大阪へ里帰りして、10日程が過ぎた。
あいかわらず病院三昧の毎日。
実家といえども、この家の主である母は毎日仕事で忙しく、新妻のように、家事を済ませては
夕食の支度をしては母の帰りを待つわたし。
有り難いことに、周りには他にも、わたしのことを心配したり気遣ってくれる人がたくさん居るのだが、
今は何より、ひとりの時間が贅沢なのである。
ってことで、日中のほとんどの時間をひとりで、じっと過ごす。が、また寂しくないんだなこれが。
まー実際、ひとりでもないしね。

東京医大病院から、大阪医大病院へ。双方はこうもかというほど随分と見解が違うらしく、ここからフルムーンまでのカウントダウンは、
本気で検査漬けになりそうだ。週2、3回の検査検診で、毎回、4時間程待たされるのだから、もー、妊婦なのにー!!!
全くえげつない話である。
産婦人科の隣は、泌尿器科なので、特にだろうか?高齢者医療制度導入のゴタゴタで、怒り戸惑う老人達がうようよである。
全くえげつない話である。
腹が立ったり、矛盾を感じることもさることながら、もっともっと深刻な周りを見渡すとだんまりしてしまう。
病気と戦うこと、共に生きて行くことは、本当に大変であることを痛感する毎日だが、
病院という場所は、やはり好きになれない。病気そのものの負の力というよりは、生に対する執着心のエネルギーというか、
みんな必死で、どこか自分のことばかりを考えているようなムードがする。その雰囲気に、生気が奪われるようなのかもしれない。
オー!わたくしの弱虫!!!

妊娠が発覚して、子どもを産もうと決意したころは、自分が妊婦であるということにどうも違和感があって、恥ずかしかったりしたのだけれど、
8ヶ月も半分を過ぎると、すっかりさっぱりである。
日に日に出っ張る腹を支える腰や背中は、日々、切実に悲鳴をあげているものの、私の方はひとりでない感覚にすっかり慣れてしまっている模様。
これがまた、なんともスペーシーなんだわー。
自分の意思とは全く関係ないところで、いちいちに存在をアピールしてくるおなかの中の彼。
当たり前のことなんだけど、彼の方は、既にもう、わたしとは別の、ひとりの人間なわけなのです。
腹を蹴ったり、ひっくり帰ったり、しゃっくりしたり、おしっこをしたりする自分とは全く別の生物を、毎日、おなかの中に抱えているのです。
人生っていうやつは、その人だけに与えられた限られた時間のことであって、それは本当に君だけのものなのであって。
母親なんてものは、少しの間、そばに居て、その手伝いをしてやるだけの存在なんだろうなーと、産んでもないのに、思う日々です。
そーやっていろいろ考えていくと、ひとつの命が産まれるということに対する、不思議な感覚が湧いてくる。
まー仏教的な考えなんだろうけれど、やはし、輪廻転生といいますか、大きな大きな渦巻きの中で、命がぐるぐると廻っているような感覚である。
「死んだら人は、どこへいくのだろう?」
「では、産まれる前は、どこに居たのだろう?」
(変な宗教は入ってませんよー!ご心配なく。)

そんなことを布団の中で考えていると、枕元に置いてあるケイタイ電話が鳴った。
友達からの、間違い電話だった。
幼なじみに電話をしようとして、間違えてわたしのところにかけてしまったらしい。
普段用事でもないと、それほど電話で話すこともなく、用件もほとんどメールでやりとりする相手なのに、
「なんでまた間違えるかね?」
「ごめんごめん!」とか言いながら、
久しぶりの声の様子が、少し変なのである。
聞けば、親友の彼女が突然死してしまい、親友との連絡が取れず、いま、とても焦っているらしい。
わたしの方は、彼の親友までしか知らない関係であるため、少々ポカンであった。
「動揺しまくって間違えて、でも声を聞けて、少し落ち着いたよ。」と言われる。
「それは良かった癒し系だからわたしー」と言って、そこそこに電話を切る。
複雑な気持ちでぼんやりするも、ポコポコ、ボンボン腹を蹴られる。
大きな命の渦巻きが、全く、ぐるぐるである。

病院のない日は、ミシンなんかをひっぱり出して、初めてのお裁縫なんかをしている。
とりあえず小さいものからと、母子手帳ケースなんぞ作ってみては、悪戦苦闘。
本日は、スリング(だっこ紐?)にでもチャレンジしてみるつもり。
予定通りにことが進めば、出産まであと、一ヶ月と少しである。
ひょえー。異常に犬に好かれるし、結構妊婦も気に入っているのだけどねー。そうも言ってはおられぬようで。