2008年07月

日中、せっせと乳をやる背後から、大ばーちゃんの声がする。
「それが親子なの。そうやって、親子になるの。もっともっと乳をやって、それで絆が出来るんや。」
天太くんにとっては、ひいばーちゃんとなる存在。
煮物の味付けとか、同じ話を繰り返したりとか、ちょっとボケてきたのかなー?と思うこともあるが、
時々、おそろしく格言めいた、深ーい深ーいひとことを言う。
あまりに当たり前過ぎて、誰も今さら口にしないようなことが。
人生の皺の中に住む、見落としてしまいそうな本当のこと。
そこには私が育ったルーツの根本があるのであって、ただただおそれいってしまうのです。

「愛情って何だっけ?何だっけ??」
これ見て、あのメロディーと共に、明石家さんまの顔を連想するのって、もうすでに昭和のひとなんでしょうねー。
ほんものはしあわせですけど。

愛情なんかに、束縛されたくない!
わたしはわたしのために生きたい!
頭の中の欲望を形にすることで、巡り会う感情を、体験すること。
これこそが、生きることなんだ!
なんて思って、若かりし頃に家を飛び出したりしたわけですが。
今、実家のソファーに座って、乳を出している。
息子の為に、ピンクの乳首ではなくて、良く伸びる吸い易い乳首なるには?と思い倦ねたりするわけです。

日中、新米ママのわたしが寝不足で、育児に振り回されるのを見て、祖母やいとこのねーちゃんが手伝いに来てくれる。
洗濯物を干してくれる。重いものを運んでくれる。おかずを差し入れしてくれる。産後の身体が思うように動かなかったため、
そのサポートが本当にありがたい。
親戚の集まりにもほとんど顔も出さずに、自分のやりたい事を最優先にする。
家族のしがらみや煩わしいことにも、出来る限りのノータッチな姿勢で居たわたしに。
ひとりの人間が産まれるということで、快くみんなが協力してくれる。
「当たり前じゃなーい。家族なんだから。」とか言われると、ますます胸が詰まる。

これまたいろいろな人からお祝いを頂いた。
わざわざ訪ねて来て下さったり、何かプレゼントを用意してくれたり、お金を包んでくれたり。
天太に言う。
「ありがとうって言いなさい!ありがとうって早く自分で言えるようになんなさいよ。そうやって、
人の気持ちのわかる子になって下さいよ。」
天太が泣く。
時々(しょっちゅうかも)火が付いたように泣く。
おしめもミルクも何もない時は、根比べもしてみるが、なかなか諦めない。
こっちも疲れてくるといらいらする。
「何が欲しいねん!アホ!知らんわ。好きにせー!!!」
天太の気持ちがわからず苛つく。
「舐めんなよ!風呂にでも、沈めたろうか?コラ!」
と言った後、寝顔を見ては思う。
「やばい。悔しいけど、愛おしー。愛おし過ぎて、おかしなるー」
こんな事の繰り返しを、楽しいと言えるおかーさん達って、なんてタフなんでしょう。

毎日の時間が、あっとあっという間に過ぎていく。のに、濃い。
髪の毛振り乱しながら、めまいがするわたし。(実際、貧血中)
林 レイナ 早く歌でも歌わないと、はやくも溺れてしまいそうっす。

「『レイナ 愛してるよ』そう思うだけでオレ、遠く離れていても、勃起するんだ。」
こう言ってもらったことがありますが、あれは、ただの恋だったのでしょうか?
遠く離れていても、(キッチンと居間とか)息子のことを思うと、乳首がツーンと痛んで、乳が出ます。
足りているのか心配していた母乳は、順調なようで。
息子は毎日、体重が、新生児の一日の平均増加率の倍以上、増えているそうです。

明朝は、初めて、寝返りをうちました。
生後3週間。首がまだ全然座ってないので、うつ伏せ状態は危ないです。
育児書などには、「5、6ヶ月の頃から、時々寝返りをうつようになる」なんて書いてあるので、
一瞬、見間違えたかと思ったのですが、前々から、うちそうな気配はありました。
とにかく脚力が強いようで、時計の針のようにくるくると方向を変えている様子。
昨日は隣で眠っていたら、腹を蹴られて目が覚めました。
新生児は2、3時間ごとに目が覚め、ミルクを欲しがるとありますが、
昨晩から7時間ほども眠りっぱなしでした。
起きていると、狂ったように乳をむさぼり、ウンチをしまくって、3歳児のだだっこのように、暴れ倒し
芝居がかった声で泣きます。

個性はそれぞれで、個人差は気にしないで良いでしょう!ということにしましょう。
彼のペースに合わせていると、毎日、恐ろしく早いスピードで、時間が流れていきます。
産後の疲れと寝不足もあって、なんとかこっちは、付いていくのに必死です。
ただ生きることへの懸命な姿に、圧倒されっぱなしです。
育児が始って、一ヶ月足らずですが、つくづくに思うことは、
この頃の子育て、いかに、楽しむかがポイントのようです。
ほ乳類の中で、一番未熟な状態で産まれてくる人間の赤ん坊は、恐ろしく手がかかります。
寝顔や、ミルクを飲む顔や、黄昏れる顔や、いきんでウンチをする顔は、まさに百面相。
感情ではなく、生理現象とはいえ、こちらも見飽きることのないよう、そうとうにいろんな顔を見せてくれますの。

天気や気分、ムードを考慮して、iPodの中に入った音楽を選んでいます。
昨日の夕刻は、乳もやり、オシメも替え、何ごとも不満のないようにしても、激しくぐずる息子がピタと黙りました。
なぜか、レッチリのBY THE WAYで。これを聞きながら、立って身体を揺すると、ピタッです。
辞めると、ウギャー!!!です。
そうなの?って感じです。
ピタッと、ウギャー!!!です。
先日の朝は、ビーチボーイズのベスト盤で大成功です。
耳は聞こえているようなものの、予想以上の音楽の効果に、ビックリしています。
早く、ツェッペリンを聞かせてやりたいです。なんだか赤ちゃんに、ピッタリな気がします。

息子の天太くんは、父親であるPちゃんに、これでもか!という程、顔がそっくりです。
彼にその事を伝えると、
「それは、僕の死んだおじーちゃんの仕業だね。レイナが僕を愛してくれるよう、おじーちゃんが、
天太を僕に、そっくりにしたんだと思うよ。」
なんて言います。
全くそういう言い草は、どこで教えてくれるのでしょうか。

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