毎日、朝と夕方に一度、ベビーカーを押して散歩に出ている。
川沿いに咲く花の名前を呼んでみだり、天気を見てその日の風に吹かれたり、空を見上げて雲の形を見つけたり。
東京へ戻って、早くも20日ほどが経つのであるが、そんな気持ちで歩いたことは、今までには、まだ、ほとんどない。
そんな呑気な散歩のイメージとは、ほどとおい胸のうちなのである。
なぜならそれは、、、息子がぐずるからである。
ぐずらずとも、私の下半身がイカゲソのため、まっすぐ歩けませーンのである。
明日でちょうど3ヶ月が経つといのに、完全に息子の成長に取り残されているわたしの身体である。
息子の天太くんは、先日からだんだんと、首が座り出したようで、
それと同時に突然に、彼の様子が急変したわけです。
一ヶ月を過ぎたころから、なんだか良く笑い、良く眠る、いい子ちゃんに成りすましていた彼だったのだが。
3日ほどまえからは、寝かせても泣く、抱いても泣く、おっぱいをやっても泣く、おしめを変えても泣く。
うんざりして、置いておいたら、火がついたように、泣くわけです。
きっと今までよりぐんと、目が見えて、耳が聞こえて、もの凄いスピードで、乳以外のことがどーっと自分に入ってきて。
怖いことも、嬉しいことも、思い出が一気に増えて。
泣くんでしょうなー(すいません、全て推測です。)
こっちはといえば、24時間、理屈の通じない相手とガチンコしているわけで、相当な精神力が必要なんである。
世の中のかーさんが、これを人知れず?やってのけているかと思うと、本当に頭が上がらない。
って、弱ったことに、わたしもかーさんになってしまったわけで、寝ても覚めても、休みがないとはこうゆうことをいうのですね!

子育てをしていて思うのは、人生遊びが大切ですね。
育児って結構、想像力を使うんですねーと思う。
だって、眠いし、重いし、ウルサいし、麺類茹でたら、泣くわけですよ。
オムツを替えて、風呂入れて、こっちだって、楽しまなきゃぁやってられないことばかし。
昨日までバカウケだったギャグも、今日の彼には通用しないわけですよ。
あやしながら、「さぁ、今日は何して遊ぶかよ。」
と、なんか新しいこと、考えるのに必死なわけです。
そうしてきっと、赤ちゃんってば、第六感がまだピンピンしているため、こっちが手を抜いたりしたら、
即刻、モロバレしてしまうんですねー。(すいません、全て推測です。)

「おい、息子よ!人生とは、いったい何ぞや!?」と問いかけると、
世の中の酸いも甘いも、昨日のわたしのブルースも、何もかも全てわかったような目をして、じっとこっちを見てみたりする。
青いほど白い白目の中の、黒い瞳の真ん中は、ブラックホールのような空洞になっていて、時々吸い込まれそうになる。
「どこかで以前、一度お会いしたこと、ありません?」と聞くと、
「何万年も前からずっと、何度も何度もうまれて死んでいるのでね。」と言ってきたりするのである。