2010年05月

夢の続きが溢れでたみたいだ。
先日見た夢が怖くて、連絡してしまったKちんからの連絡。
私に続き自分も、死んでしまったDの夢をみたそうだ。
そうしてその後すぐに、これまた久方ぶりに、彼の母親から彼の生前着ていた服が、
Kちんの家に送られてきたらしい。
それだけの話なんだけど、タイミングと偶然の重なり。
やはり、夏にでも帰省した折りに、一度お墓参りにでも行こうと思う。
不思議な気持ちでぽーっといたら、発熱していた。
天太の風邪をもらったようだ。
運よく、仕事も休みだったので、家から出ず、台所でたくさん料理を作った。
今日はカレー。
熱でも食欲あるんだもんね!

朝から降り続いた雨も、ようやく上がったようだが、外は薄暗い。
手に取った小説もなんだか怪奇なもののようで、なかなか進まない。
新しい本を買う金も暇もないので、本棚の本をあさっては読み返す日々。
チャンネル権を天太とPちゃんに奪われ、映画もままならぬ毎日。

そろそろ新しい出会いが欲しいなー。
テレビをつけても、時間的に再放送のテレビドラマかワイドショーばかりで、
「あほか」と3秒で終わってしまう。

以前友達のMみちゃんが日記に書いていて思った。
わたしも、具体的で憎愛に満ちたグロ作品にはやく出会いたいなー。

ひどい夢をみた。
よかった。
夢で良かった。
いくら呼んでも振り向かない天太に、
「呼ばれたら返事してよねー。」と肩を揺すってみると、
振り向いた天太の顔が、数年前バイク事故で死んだ友達だった。
彼のお葬式で会った、彼の当時の新しい友達(わたしは知らない人達)に言われる。
「今回は、こうゆうことでいいですか?」と。
成仏出来ない彼を、天太とすり替えようと言うのだ。
気がついたら布団の中で、
「良くないわよ!天太、返してよー」と大泣きしていた。

あまりに恐ろしくて、彼の親友であったKちんに、電話までしてしまった。
「今度Dのお墓参りに、連れて行ってほしい。」
「まー気にしないことだな。俺も悪い夢みて、彼の両親に電話しちゃったことあるよ。」
Kちんは当時、突然に事故死してしまった親友の遺品と、彼のバイクの後ろに乗っていて同じように即死だった見ず知らずの彼女の遺品。
ふたりの位牌まで自分の手で掘ってあげたらしいのだ。

その時わたしは、世田谷でつきあっていた人と同棲していた大きな家を飛び出して、借金しまくって借りた高円寺のワンルームに住んでいた。
まともな仕事も見つからず、財布の中の小銭を数えては、高架下で一杯おごってくれる人をはしごしていたのだ。
あまりの突然の知らせに驚いて、大阪までの交通費さえない自分に、途方に暮れていた。
「後悔しないように」
そういって、Pちゃんが金を貸してくれ、Y氏が車を出してくれ、大阪で行われた彼の葬式にわたしは駆けつけたのだ。
涙が一滴も出なかった。
ぽかーんとしてリアリティーもないままに式は終わってしまい、黒い服を着た久しぶりの友達にたくさん会って、東京へ帰ってきた。

学生時代、Dと私は付き合っていた。
わたしが明るく行動力やリーダーシップ性があるようなタイプの男と付き合ったのは、あの時一度だけだ。
最初はもの珍しかった彼の前向きな言動も、口八丁に思えて、わたしはすぐに飽きてしまった。
影のある男が好きなのだ。
恋愛って、逃げられるとほんとうに追いかけたくなるものらしい。
Dははじめのころ、わたしを諦められず、友達ぐるみでよりを戻そうと必死だった。
それがますますうっとおしくて、あまりにひどい態度でそれを拒むわたしは、気がつけば相当にひどい人だった。
あまりにひどいということで、気がつけばわたしは、学校の中で、四面楚歌であった。
それでも私は「色恋には、約束もひどいもずるいも悪いもないのよ!」と強気だった。

割と短い時間が経って、彼にかわいい彼女が出来たことも聞いていたし、すぐに新しい彼女でも出来るタイプだろうと思っていたので、
気にも止めないまま月日は流れていった。
流れていったのであるが、当時の学生生活におけるもつれてしまった人間関係が、わたしにいろんなことを教えてくれた。
彼の後輩などは、「おまえの顔を見ると吐き気がするから、この道さえ歩くな!」と言う奴もいた。
後ろから「裏切り者ー!」と跳び蹴り喰わされたこともあった。
「ふふふ、言ってればいいわ。わたしには歌がある、音楽があるし今があるのだ!気にしないもんねー。」と言いながら、
結構気にしたりしていたように思う。

そんなことや、大好きな友達のKちんとの出会いも含め、彼からはいろんなことを教わったように思う。
だけど、死んでしまったんだなー。と思う。
「やっぱりおまえはウザいんだよっ。」とも、もう言えないのである。

はー今日は朝から曇りで、 腰もイタいし、眠いし怠いし、
散らかった部屋の中で、動く気がしない。
けれどいまそんな全ては現実で、何よりもいま、わたしは生きているのだなー。
ほんとうに出来ることをいまやらないと、残酷にも月日は過ぎていきます。

そうして母の入院が決まった。
そうして天太2歳まであと一ヶ月か。

はー楽ちかった☆
先日の阿佐ヶ谷ライブに来てくれた方ありがとう。
私自身もほんとうに心置き無く楽しみきってしまった。
しかし声かけてもらう人には、「面白かった笑った笑った」と、もれなくトークばかりを褒められ、
最後は主催者Tくんにまで「このスタイルでやる時はトークメインでもいいかもですね。」と
言われてしまった。ええよーおばはんなんぼでもしゃべるでー。

当日天太を見てもらう人が見つからず、懇願してわざわざ来てもらったKスケさん。
凄かったわー。子守りの腕が、半端ないですね。
ただいま魔の二歳児目前。だだごねママ子全開の天太が、出会って5分で懐いて、おおよそ2時間
一度も泣かず、かーさんとも呼ばなかったらしい。
「どうやってなにしてたの?」と聞いたら、「猫追いかけたりね、コンビニ廻っていたわ、いい子だったわよー。」
ですって。「子供って自由でいいわねー羨ましいわー」ですって。Kスケさん爪のあかください。買います。と思いました。
本当にありがとう感謝します。みなさんのおかげで、子供みたいに自由に、しぶとく歌えてますこと。感謝。

GWは旅行にも行ったり、帰ってきてはヒロシ会やってレモンサワー飲んだり、楽しい時間は楽しくて、なんとなしに
日々過ぎていくけど、最近は自分の中の無精が蔓延しておる。
自分の優先順位について、正直に生きていきたいです。
でなければすぐに死んでしまうから。
生きられるうちに思いっきり生きること、知ってるよーいとも簡単に残酷に月日は過ぎていきますね。

連休は、ふと上を見上げると、ひこうき雲ひとつ。
ひこうき雲って、見つけるとなんであんなにすがすがしく、得した気分になるんでしょうね。
昨日は、雨の中のぞみ新幹線で東京へ帰ってきました。
天太のベビーカーとかーちゃんの車いすを押して、六甲の山登り。
今日は朝から二の腕が筋肉痛でパンパンです。
途中若いもんだけで、温泉なんかへ足を延ばしたりもして、何年ぶりの家族旅行気分を味わえました。
雲の上のようなところを歩いていると、少し前までは想像もつかなかった現実に、頭がふわーっとしてきて
一瞬、自分はもう死んでいるんじゃないかと思いました。
額の汗だけがリアルで、朝な夕なにしこたまビールを飲んでおりましたわ。

山の空気ってほんとにおいしいんですね。
でもわたしはやっぱり町の匂いと路地裏のしみったれた灯りが好きだな。
高架下でヒロシと乾杯して、狭い我が家へ帰ってきて、しみじみしています。

で、今から朝の特連。
子守りが見つからないので、天太を連れだしスタジオです。
だって、明日は阿佐ヶ谷でライブなんだもーん。
なんだかんだで準備していたら、ちらっとのつもりが、結構歌ってしまう予定です。
お酒も安くて、感じのいい店なんだよね。
当日は、東京ビリーとご飯いこかと天太とギターとサーカスみたいに自転車に乗せて向かいたいと思います。

みみずくずの新しい動画「ひこうき雲」もアップされました。
我々の懐かしい写真で埋め尽くされた、胸キュンな仕上がりになってますのよ。

今のわたしが歌う「愛しい人」ぜひ見にきてくださいね。
みんなで乾杯しましょう。

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